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水戸、父の人生 [フレグランス・ストーリー]

父が逝って、嵐が通り過ぎた後に静寂が訪れた。

89年という彼の火花を散らすような人生の長さと音量に比べ、幕引きはなんとあっけなく無音で無色なものだろうかと思う。
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あの人らしい嫌みも愚痴も今回は言わず、入院しましたという連絡の10分後に臨終の知らせという、早回しの映画でも見るような、それでもやっぱり父らしいなと思う結論の急ぎ方で、私はその朝の日射しに浅い春を感じるのがやっとだった。



4日後にバンドライブだった。
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事情は特にメンバーには知らせず、本当は練習しなければ仕上がっていない箇所もあったのだが、告別式の準備を進めながらでは無理で、地雷を踏んだ感じのDEEP PURPLEに仕上がった。
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ごめん、みんな、って感じだった。

これも半年間の藻掻いて酒に溺れたドタバタな大音量の準備期間に比べ、本番は6分半あったはずなのに瞬時にしか感じられずあっけなかった。
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一応、知っている人には追悼ライブとかうそぶいていたけれど、演奏してる時は父のことなんか忘れていた。



ライブの次の日に告別式をした。
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父が生前、自分の葬式にはこれを流してくれ、と言っていた曲を、私はブラームスの交響曲第3番だとずっと思い込んでいたのだが、心当たりを何曲か聞いているうちに、やっぱりK622クラリネット協奏曲の2楽章だという気がして来た。

ダウンロード主流のご時世でCDを持っていなかったが、セレモニーホールではCDを持って来てくださいと言われ、急いでAmazonで取り寄せた。
違う、ブラームスだぞ、と父に叱られそうでビビったが、もう何をどうやってもあの人に怒られることなんか無いんだとその時に気が付いた。

モーツァルトでいいことにした。



司宰をする牧師さんに、お父様の略歴を送ってください、と言われていたけれど、大正15年生まれしか知らなかった。
彼の人生について、何という町で生まれたのかも、何年に学校を出たのかも、いつ母と結婚したのかも、もしかしたら母と結婚する前に何回か結婚していたかも知れない(まさかとは思うが)ことも、いつ就職したのかも、在職中の詳しい役職名も、何も知らないことに気が付いた。

父が私の人生に口出しして隅から隅まで100%意のままに形成しようとしたのに対し、私は彼の人生に対し0%であった。

その干渉がイヤでイヤで、ずっと彼と相容れることがなかった私にとって、皮肉にも、母の死後に彼が地上と人生との上に自分の足で立つことを止めてしまった2年間が、父との一番密度が濃い時間だった。




人生がベッドの上だけで繰り返されるようになってもまだ父は饒舌で、紺色のセーターを着た私を見て「今日のお前はいいな」と言い、口癖のように「普通のつまんない主婦にはなるな」と言った。

それはない、と、腹立たしかった。

雇均法が無かった時代、車の免許はおろか旅行すらもさせず、あらゆる花嫁修業(今は死語か)をさせ、次から次へこれぞという相手に引き合わせて、普通の主婦になるように彼は私の人生をプロデュースしたのではなかったか。

私がたった一度父に翻した反旗は、用意された良さげな殿方達の写真の山を放り出して、無一文の学生だった夫とさっさと結婚してしまったことだった。
彼は激怒し、半年以上も口を利いてくれなかった。


茜色に染まったケアレジデンスの部屋で、ぽつりぽつりとこぼれ落ちる言葉を拾いながら過ごした父と二人だけの時間は何だかこのまま永遠に続くように思われたが、次第に言葉と言葉の間隔が長くなり、「こんなに長生きしてすまない」と、諦めたように私を見上げて父は謝った。

真っ正面から夕陽を浴びる常磐高速の上り車線を、泣きながら運転して帰るのが常であった。



告別式の最中から身体中の関節と筋肉が激しく痛んでいたが、その夜から39度の熱が出てあっけなくインフルエンザに絡めとられ、3日間夢の中を彷徨った。
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勝手にモーツァルトで送ったから、父が怒って連れに来たのかと思ったが、生還した。

ここからは自分の足で歩いて行け、と父がようやく解放してくれた、と理解した。



今は両親二人を無事に見送ることが出来て安堵している。

還暦を前に私はようやく柵を離れて、あんなに待ちこがれた自由な人生を歩いて行くことになった。

見ていて。

普通のつまんない主婦にはならないから。
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そう、父がいなくなってもやっぱり、私は彼の言葉の上を歩いているんだなあと思う。

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