ふじみ野、天才 [マイハーベスト]
朝起きて、家族を送り出し、自分も慌ただしく出勤する。
帰って来てすぐ食事の用意を整え、家族の世話をする。
そして家族がやすみ、自分が寝るまでの僅かな時間が楽しみである。
高校の教師だった母は、いつも子供部屋の私の枕元で、手を動かしながらそんなことを言ったりした。
彼女がその時楽しみとしていたものが何だったのか、今は思い出せない。
疲れ切った時だったのだろうか。
ベッドに私と枕を並べて横になりながら、「このまま朝が来ないといいな」と言うこともあった。
子供心に、なんと悲しいことを言うのだろうと心が沈んだ。
そんな母が60歳の定年退職を期に、カルチャーセンターの通信俳句教室講座に入会した。
万事派手なことを好まず、こつこつと努力を続けることを信条とした母らしく、地道に作句を続け、添削をされていた先生に見いだされて、月一度の東京の句会に参加するようになった。
これまた雨が降ろうが体調がすぐれなかろうが、水戸から新大久保の句会会場まで30年間一度も休むこと無く通い続け、時には句会仲間と吟行にも出掛け、俳句はまぎれもなく母の人生の最大の楽しみになった。
キリスト教俳句というジャンルを見いだし、聖書に題材を取った俳句を作り続け、90歳で己の変調に気付いて句会行きを諦めるまで、聖書研究の勉強会と平行して作句を続けた。
字数が決まった文章は、無駄を削ぎ落す潔さと重要語句の抽出力が全てだ。
編集学校でその難しさと刹那的な美しさに魅了されたが、世界で一番短い文学と言われる俳句はその編集術の頂点だろうと思う。
同じ60歳のこの夏、母と同じカルチャーセンターの俳句教室に入会した。
母の遺した歳時記が再び空気に触れる時が来た。
折しも今週、5回目の命日がやって来る。
母娘でこんなにも違うものかと夫が呆れ返るほど母の堅実さを受け継がなかった娘だが、人生の後半に彼女が賭けたものを見てみたく思う。
梅雨時なのに、雨が降らない。
豪雨に悩む九州と気圧配置が逆にならぬものかと思う。
ミスター・カントはカーテンの向こうで日焼けを楽しんでいる。
バルザックの重さに難行苦行した読書会が箸休め的に選んだ取っ付き易い一冊は、先にミスターが”味わって”しまった。
「天才」(石原慎太郎/幻冬舎)
政界から身を引いた石原慎太郎が、かつて自らが金権批判の弓を引いた相手たる田中角栄を著した、言わずと知れた話題のベストセラーである。
歴史、地理、政治経済全てにおいて小学生レベルゆえ(夫曰く、小学生に失礼)、田中角栄という人物が政治的に何をなし得たのか詳しくは知らずにきた。
金、金とあからさまに言うことが品のないことだとタブー視されがちなこの国で、「金で全ては解決できる」と豪語し、没後20年以上経った今もその結果が出続けている、間違いなく戦後最強の政治家であろうとは想像できるが、所詮浅はかな頭ではそこまでである。
著者が一人称独白という形で、かつて対立した政治家の人生を辿る意味が取沙汰されるが、正直そこはあまり読み取れない。
それよりももともとの無知ゆえ、自分が走ってきた時代の舞台はこうなっていたのかという政治的構造への興味であっという間に読了する。
特に有罪判決が下って田中退陣の理由とされたロッキード事件は、アメリカに歯向かった彼を追い落とすために米政府が放った矢と位置づけられ、そこから彼の人生の色合いが変わっていく様は興味深い。
今はちまっとファーストクラスに乗った乗らないで政治家が撃ち落とされるが、ここは飛行機丸ごと売り買いの話しだから、さすがという他は無い。
著者が宿敵を天才と位置づけたのは、ひとえに、実行力を学力や理屈ではなく金という現物で表したこと、反米親中という方向性や列島を縦横に結ぶ交通網への着眼力、戦後の首相としては最多の33もの議員立法を成立させた牽引力への本心の評価であろうと思う。
後半、田中を取り巻く複雑な家族関係も豪気に語られるが、ここはあくまで著者の目を通してのストーリー仕立てで、実際はもっと人間的な葛藤や感情があったと私は思いたい。
全体的にもっと掘り下げた厚みを期待していたが、さらっと読めるいかにもベストセラー然とした仕立てが少し物足りない。
今となってはやはり対極にいたはずの著者自身の角栄政治解説をじっくりと読みたいものだ。
バルザックのラグジュアリーな分量に辟易した武闘派が選んだはずだったが、後書きに、著者の後ろ盾となる教授が「角栄はバルザック」と評したことが書かれてあったのは笑えた。
角栄はバルザックという意味が知りたくて、またバルザックを追求したくなる。
どこまでも逃げられない(笑)
帰って来てすぐ食事の用意を整え、家族の世話をする。
そして家族がやすみ、自分が寝るまでの僅かな時間が楽しみである。
高校の教師だった母は、いつも子供部屋の私の枕元で、手を動かしながらそんなことを言ったりした。
彼女がその時楽しみとしていたものが何だったのか、今は思い出せない。
疲れ切った時だったのだろうか。
ベッドに私と枕を並べて横になりながら、「このまま朝が来ないといいな」と言うこともあった。
子供心に、なんと悲しいことを言うのだろうと心が沈んだ。
そんな母が60歳の定年退職を期に、カルチャーセンターの通信俳句教室講座に入会した。
万事派手なことを好まず、こつこつと努力を続けることを信条とした母らしく、地道に作句を続け、添削をされていた先生に見いだされて、月一度の東京の句会に参加するようになった。
これまた雨が降ろうが体調がすぐれなかろうが、水戸から新大久保の句会会場まで30年間一度も休むこと無く通い続け、時には句会仲間と吟行にも出掛け、俳句はまぎれもなく母の人生の最大の楽しみになった。
キリスト教俳句というジャンルを見いだし、聖書に題材を取った俳句を作り続け、90歳で己の変調に気付いて句会行きを諦めるまで、聖書研究の勉強会と平行して作句を続けた。
字数が決まった文章は、無駄を削ぎ落す潔さと重要語句の抽出力が全てだ。
編集学校でその難しさと刹那的な美しさに魅了されたが、世界で一番短い文学と言われる俳句はその編集術の頂点だろうと思う。
同じ60歳のこの夏、母と同じカルチャーセンターの俳句教室に入会した。
母の遺した歳時記が再び空気に触れる時が来た。
折しも今週、5回目の命日がやって来る。
母娘でこんなにも違うものかと夫が呆れ返るほど母の堅実さを受け継がなかった娘だが、人生の後半に彼女が賭けたものを見てみたく思う。
梅雨時なのに、雨が降らない。
豪雨に悩む九州と気圧配置が逆にならぬものかと思う。
ミスター・カントはカーテンの向こうで日焼けを楽しんでいる。
バルザックの重さに難行苦行した読書会が箸休め的に選んだ取っ付き易い一冊は、先にミスターが”味わって”しまった。
「天才」(石原慎太郎/幻冬舎)
政界から身を引いた石原慎太郎が、かつて自らが金権批判の弓を引いた相手たる田中角栄を著した、言わずと知れた話題のベストセラーである。
歴史、地理、政治経済全てにおいて小学生レベルゆえ(夫曰く、小学生に失礼)、田中角栄という人物が政治的に何をなし得たのか詳しくは知らずにきた。
金、金とあからさまに言うことが品のないことだとタブー視されがちなこの国で、「金で全ては解決できる」と豪語し、没後20年以上経った今もその結果が出続けている、間違いなく戦後最強の政治家であろうとは想像できるが、所詮浅はかな頭ではそこまでである。
著者が一人称独白という形で、かつて対立した政治家の人生を辿る意味が取沙汰されるが、正直そこはあまり読み取れない。
それよりももともとの無知ゆえ、自分が走ってきた時代の舞台はこうなっていたのかという政治的構造への興味であっという間に読了する。
特に有罪判決が下って田中退陣の理由とされたロッキード事件は、アメリカに歯向かった彼を追い落とすために米政府が放った矢と位置づけられ、そこから彼の人生の色合いが変わっていく様は興味深い。
今はちまっとファーストクラスに乗った乗らないで政治家が撃ち落とされるが、ここは飛行機丸ごと売り買いの話しだから、さすがという他は無い。
著者が宿敵を天才と位置づけたのは、ひとえに、実行力を学力や理屈ではなく金という現物で表したこと、反米親中という方向性や列島を縦横に結ぶ交通網への着眼力、戦後の首相としては最多の33もの議員立法を成立させた牽引力への本心の評価であろうと思う。
後半、田中を取り巻く複雑な家族関係も豪気に語られるが、ここはあくまで著者の目を通してのストーリー仕立てで、実際はもっと人間的な葛藤や感情があったと私は思いたい。
全体的にもっと掘り下げた厚みを期待していたが、さらっと読めるいかにもベストセラー然とした仕立てが少し物足りない。
今となってはやはり対極にいたはずの著者自身の角栄政治解説をじっくりと読みたいものだ。
バルザックのラグジュアリーな分量に辟易した武闘派が選んだはずだったが、後書きに、著者の後ろ盾となる教授が「角栄はバルザック」と評したことが書かれてあったのは笑えた。
角栄はバルザックという意味が知りたくて、またバルザックを追求したくなる。
どこまでも逃げられない(笑)
2016-07-03 08:25
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