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汐留、泣くのはだめ [フローラル]

その日の朝焼けをコンラッド東京の窓から見た。
静かな佇まいの浜離宮の向こうに、お台場が光っていた。
当人達はもちろん、親である自分達もまず体調を崩さずにこの日を迎えられたことで、私の役目は半分以上終わったように思えた。
息子達が健康で受験できることが母親としての役目、と気負っていたころの気持ちを思い出した。

身支度を整え、最後にJudith Leiberのパーティバッグの中に一本のボトルをしのばせる。
このバッグは美しいけれど最高に小さくて、オイルのボトルを入れたらあとは口紅1本も難しいほどだ。
それでも持って行きたいオイルはイランイラン(Ylang ylang:Cananga odorata)。
最初の流産のときになって以来、私には極限の不安や緊張を強いられると過呼吸を起こす癖がある。
それほど緊張しているわけではないが、この日は次から次へと段取りを考えていると頭の中が高速回転になっているのがわかって、お守り代わりに入れたのだ。
ココ・シャネルの代名詞のような香水、シャネル№5の主原料がこのイランイランであることはつとに有名だが、普段の私には実は「女っぽすぎて」苦手な部類の香りである。
ただ、過度の緊張を強いられて呼吸が乱れそうな時にはこれほど救いになる香りは無い。
いざとなったらティッシュに滴下して香りを吸い込む。
そうするとうそのように呼吸のリズムが戻るのだ。

花嫁は真珠色のドレスをまとい、本当に幸せそうだ。
自分の不肖の息子が、たった一人でもいい、人をこんなに幸せにできるのだという思いで胸が詰まる。
お色直しは、私が28年前の結婚式に着た水色のドレス。
お金を出しさえすればいくらでも新しいデザインのドレスが手に入る時代。
「私、お母さんのドレスが着たいです!」と彼女はきっぱり言ってくれ、長い時間とそんな健気な彼女の気持ちを包んで、そのドレスは私が着たときより何倍も美しく見える。

宴のクライマックス。
殊更に家族の絆を強調して関係の無い招待者まで涙に誘い込む演出にはのらないぞ、自分は絶対泣かないと決めていた私たちの前に、お約束どおり二人がやってくる。
私の前ではまっすぐ私の目を見て「ありがとう」と言った長男が、次の夫の前に立った瞬間顔を大きく歪めて涙を溢れさせた。
真横にいる夫の顔は見えなかったが、その一瞬の視線のやり取りで長い間近寄れなかった父と息子は解りあえたのだと感じた。
泣かない、と決めていたはずなのに、号泣した。
だめだよ、だめだよ、お前が先に泣くなんて。反則だよ。

ふたりはバリに発ち、一時留学先から帰国していた次男も送って、また夫婦二人の生活に戻って夫が言う。
「結婚式は二人の儀式でもあるけれど、家族の再確認の儀式でもあるんだなあと思うよ。」

夫はなるべく長男が苦労しないようにという気持ちだけで道を示す。
そんな父の言葉を強制としか受け取れない長男は離れる。
ふたりの人生はいつも平行線だ。
いつも距離のあるその平行線がその一瞬だけ交わり、うれしいとか悲しいとかの涙ではない、長い時間を経た静かな温かい涙がほおを伝う。
家族の再確認。
いい言葉だなあ、と思う。


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