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日本橋、Vへのオマージュ [ブレンド・プロダクツ]

クリニックの仕事が終わったのが2時半。
家へ駆け戻って着替え、3時かっきりに車で飛び出す。
土曜の昼下がり、ガラガラの首都高を突っ走って一旦車を千鳥が淵に入れ、内堀通りに走り出てタクシーを捕まえる。着いたのはマンダリン・オリエンタル東京。

案内されたのはこのホテルでも最高級のプレジデンシャル・スィート。
一歩足を踏み入れると暮れていく東京のパノラマをバックに、数人の男女がソファに座り、シャンパンを飲んで繊細なつくりのカナペを手に談笑している。
心の中でしまった、と思う。
仕事の余韻を引きずっている気配をありありと残して、東京よりは確実に5℃体感温度が低い埼玉から出てきたのがバレバレの厚いタイツにブーツという出で立ちである。
お尻がむずむずするようなすわり心地ではあるが、ええい、飲んでまえ!とシャンパンをいただく。

V。
このデザイナーの大変繊細で隅々まで立体的な工夫が凝らされている洋服に魅せられて、10年来、私の生活の中の大事なシーンはすべてここの洋服で彩られてきた。
先日の長男の結婚式で着たソワレも然り。

シャネル、ディオール、サンローランとパリ・コレの重鎮達が相次いで後進にメゾンを譲り引退していく中、このVだけは今もって自分でデザインを続け、ため息の出るような美しい服を世に送り出してきたのだが、御年70ン歳、これが最後のコレクションとなった。
今日はその最後のコレクションの日本でのショーと受注の会なのである。

着物は折り紙、洋服はオブジェだ。
布を衣服に仕立てる時、着物は平面を基礎として縫い合わせ、布の色や柄、素材や合わせで粋と美を競う。
洋服は裁断から立体にに組み立てるまでがその作り手の技量で、どちらかというと建築に近いように思う。
立体としての身体と平面の布への考えという意味では、過去に三宅一生の「一枚の布」をパリコレの金字塔のように思い起こす。

日本人のなだらかな体つきには着物は実に合理的な衣装だと思うし、渋い紬を着こなして街を歩いてみたいとは思う。
しかし私は、洋服の立体感に魅せられる。
着物は何代にも渡って受け継がれるけれど、洋服は下手をしたら1シーズンで終わりだから、お金を出す価値が無い、という友人もいる。
しかし、カルダン、シャネル、ディオール、デ・ラ・レンタなどの往年のオートクチュールなどは、もうその前に何時間でも座っていたいと思わせるような立体感と布のマジック、その縫い目に織り込まれた女性であるが故の夢に圧倒されるものだ。
そんな歴史に残るようなものはもちろん買えないし、手に入るものではないが、春夏、秋冬の年2回のVのコレクションを見ることは、私にとって一時日常を忘れる至福の時間なのだ。
それもこれで終わりだと思うと(もちろんメゾンは続いていくが)寂しい。

ひととおりショーを見て、一番Vらしい1点を選び、注文を入れる。
ここで入れておかないと日本に入ってこないものもあるからだ。

エレベーターの前で渡されたお土産はLOHAS FRAGRANCEのマンダリンとラヴェンダー。日本の大麦麹を蒸留した天然アルコール使用の我が国のプロダクツ・メーカーだ。

帰りのタクシーの中でその香りを堪能しながらショーを思い起こす。
Vへのオマージュを捧げる。








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