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自宅、母と俳句 [フレグランス・ストーリー]

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庭のアナベルを家の中でも楽しむために、パウダールームにも生ける。
外来種なので、日本のアジサイと違って茎が弱く、雨が降ると倒れてしまう。
ただただ台風の余波の雨になぎ倒されていくのは忍びない。

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母の棺をこの花で覆ったので、どうしてもこの季節は故人を想う。

そこに訃報を伝え聞いた方々から、今だにお手紙や聖書や俳句の勉強会に参加していた母の映像DVDが送られて来て、私の知らなかった母を垣間みる。

『向日葵の黒き首垂れアヴェマリア』

戦後、洗礼を受けてクリスチャンとなった母は、退職後に参加し始めた句会で佳き師と出会い、導かれてキリスト教俳句という分野に歩を進めた。
ズブの素人から思えば、たった17音の中に季語を入れこむだけでも大変なのに、そこにもう一つ制限が加わる(キリスト教関係の語を入れ込む)わけだから、自ずから寡作にもなろうと思うが、母は”一日一句”をモットーとして毎日100回の腕立て伏せと共に、句作を怠らなかった。

『花韮をダビデの星として愛す』

黙って一人黙々と庭の手入れをしている時が一番幸せ、と言っていた母らしく、作句には植物を詠んだものが多い。

自己顕示欲が一切無く、どんなに勧められても句集を作らず、また聖書の勉強会での多くの発表なども全く記録を残さなかったので、家の外の母の姿は私には知る由もなかったが、図らずもこうして多くの母を愛してくださった方々が彼女の思い出を拾い集め、紡いで手渡してくださる。

感謝の一言である。

『詩編繰る手の影淡き夜の秋』

一人何を思い、長い夜を机に向かって過ごしていたのだろうと、思わず胸にあついものがあふれる。

この勤勉さと謙虚さをなぜ娘の私は受け継がなかったのだろう。




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