北京、美しすぎて

夕ご飯を食べていると、夫が
「ほら、８時だ！」
と私の脇にあったリモコンを目で指差す。
そうそう、今日は北京五輪の開会式だっけ、とNHKに変えると
ガッシャーン！（ちゃぶ台をひっくり返した音）
「あほ〜っ！西島家で今日の８時といったらミュージックステーションのサザン特集だろ！」

あ、そうなのか。読めなかった。
それに北京は１時間の時差があることを忘れてた。

クワタと同い年、サザンを歌いながら人生の山や谷を踏み越えてきた夫はサザンの大ファン。
それから１時間、私が食器を洗っている間中、夫が巻き舌で歌いまくるサザンの歌は我が家中に響いていた。

・・・で９時。
現地時間の８時に開会式は始まった。
歌い疲れた夫はさっさとお風呂に入って寝る準備だ。

その前の晩の男子サッカー予選を見てモチベーション、夫婦でブチ切れ。
マスコミはさんざん持ち上げているけど大丈夫なのか、ニッポン。
もともとそんなにオリンピックに入れ込む方ではないので、開会式などあまり見たことが無かったが、今回の北京五輪はちょっと違う。

2006年秋、ミラノ・スカラ座と並ぶイタリア・オペラの最高峰といわれるフィレンツェ歌劇場来日講演で、ズービン・メータ指揮、ハリウッドに進出した中国の監督・演出家チャン・イーモウの手による『トゥーランドット』を観た。
それまで観た『トゥーランドット』の舞台演出は、西欧人が「こうだろう」と思った中国だったので（実際プッチーニもこう考えていたのだろう）、何となくちぐはぐな違和感が否めなかったのだが、この舞台はさすがに違った。
この講演ではトゥーランドット姫が体重オーバーで足を痛め、車いすで出演するという大がっかりがあったのだが、舞台演出は当時の中国の華麗さにモダンな味を加味して、しごく納得のいくものだった。

そのイーモウが、国家の威信を駆けて演出するいわば世界最高、最大の『舞台』がこの開会式だ。
スポーツの祭典の開会式というよりは、舞台として純粋に観たかった。

結果、見終わってみると本当に「舞台として」は素晴らしかった。
中国人でなければ考えつかないような色彩感覚、人界戦術を最大限に発動したものすごいスケール。それでいて一糸乱れぬ統率感。映像や最新技術を全部投入したであろう数々のサプライズ。
美しすぎて目が画面に釘付けとなる。

「わぁー、きれい」いう感嘆が、２時間以上もこれでもかこれでもかと続いて行くと、さすがにくどくなってくる。
オペラなら主役は歌なので、２時間でも３時間でも楽しんでいられるものを、豪華絢爛な舞台演出だけを延々と見続けるのは「正直、しんどい」。
お金、かかってんなあー。
こんな人界戦術をとれるのは、中国か北朝鮮くらいだろうなあ、というイジワルな見方が頭をもたげてくるのは、この素晴らしい舞台の後ろに「中国ってこんなにすごいんだぞ」というプロパガンダがちらちら見え隠れするからなのだろう。

開幕前、四川の大地震の被災者に日本のリポーターが
「オリンピックにかけるお金を、少しでも被災者救済に回してもらいたいですか」
と答えを見透かしたような質問をしたところ、皆口を揃えて
「そうは思いません。オリンピックは成功してほしいし、楽しみにしています」
と答えていたのが印象的だった。
これは家も、食べるものも無い被災者達の本音なのだろうか。

私は恥ずかしながら、地球温暖化にもエコにも原油高にも何も意見も持たない人間で、24時間エアコンを付けっぱなしにするし、エコバッグを買っても車の中に忘れてレジでビニール袋を貰ってしまうダメなやつだ。
こんな人間が何も言うことは出来ないことはわかっているが、でもこの開会式を観て、これって何か違う、と思う。

平和の祭典と強調するなら、夜通しものすごいCO2をまき散らすことや、この様子をTVで観ることすらできない被災者や、スポーツの大会に膨大なお金をかけることにもう少し配慮があっていいと思う。
洞爺湖サミットが薄ぼんやりするのもあたりまえだ。
そこに集ったお歴々は、今目の前の大がかりなCO2のまき散らしを、迎賓として笑顔で観てるんだもの。

今後拝金主義と揶揄されたサマランチ路線は北京で終わり、現在のIOCロゲ会長は次のロンドン大会から節約・縮小路線を打ち出すと見られている。

「夏草や　強者どもが　夢の後」とならないようなオリンピックであってほしい。

あ、そうそう。
うちにちゃぶ台はありませんから。