上野都美術館、フェルメールの青 [フレグランス・ストーリー]
恋い焦がれた色に会いに上野の森へやって来る。
駅の公園口で82歳と89歳の両親と落ち合う。
昨年認知症と診断された父は、幸運なことに何とか進行を食い止め、まだ母と二人、こうして電車で出かけてくることが出来る。
私がアルルで買ってきた紺色のベレーを被った後ろ姿は、裏ぶれた老画家に見えなくもない。
長蛇の列。入るまでに1時間待ち。
予想はしていたがフェルメール好きが日本にはこんなにいるんだろうかと思うほどだ。
「フェルメールの青が見たい」と言って出てきた80歳をとうに超えた老親たちには、立ちっぱなしの待ち時間と大勢の人に揉まれるのは体力的にかなりきつい。
しかもフェルメールは39点中7点しか無く、それも小品で人波に呑まれてほとんど見えない。
落胆しつつ、「もう帰ろうよ」と言いかけて、普段母に対してぶっきらぼうな父が小柄な母を一生懸命絵の前に押し出そうとしているのを見て、言葉を飲み込む。
会場を出て腰が痛そうな父を気遣って文化会館の中の精養軒でお茶を。
前川國男作。
覚えました。
その席で、父がミュージアムショップで買ったラピス・ラズリのネックレスを二つ差し出す。
大振りのモダンなものを私に、華奢なものを母に、と。
フェルメールの青はラピス・ラズリの青だ。
「おまえ達には何にも買ってやれなかったからな。」
期待した絵は観られなくて私はがっかりだったけれど、展覧会の絵よりも、お土産のベレーを被り、ネックレスを買ってくれることで、父は何かを人生に刻み込もうとしているように思う。
留め金が簡単な方を母に譲り、華奢なネックレスは私の手元に残る。
父のベレーの色と同じ色。
フェルメールの青に、私はこんな形で向き合っている。
2008-11-20 20:35
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