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自宅、ポケチン [フレグランス・ストーリー]

「こないだもさ、学校で配られたプリントに夢は何ですかって質問があって、そこに舞ちゃんは多分『ポケモン』て書きたかったと思うねんけど『ポケチン』て書いてきてんて。ああこういう間違いもあるなあって思ってお母さんは舞ちゃん、ほら『モ』と『チ』は向きが違うでしょ、ポケモンのモはこっちでしょ、覚えてねって最初は優しく余裕で教えたらしいねんけど、何回教えてもポケチンポケチンて書いてくるねんて。いい加減いらっとしてそのお母さんも『舞!ポケモンはポケチンと違うって言ってるでしょ!よく見て!モとチは向きが違うでしょ!何回もポケチンポケチンて!何回言ったらわかるの!ポケチンてなんやのいったい!え!ポケチンて!え!言うてみなさい!』みたいなことになってさ・・・」

久しぶりに字面を見て笑う。

これは『乳と卵』で138回芥川賞を受賞した川上未映子さんの、週刊誌に載せられたエッセイからの抜粋である。

川上未映子さんは、『わたくし率イン歯ー、または世界』の頃から、その並外れた語彙力、文章のリズム感に魅せられ続けている作家さんだ。
どの作品もみな、彼女のどちらかというと真っ当でクラシカルな思慮が、まるでラップのリズムのように綴られて、小気味よい。

この文章は、彼女の勢いもさることながら、生き生きとした関西弁が母子の状態をライブで伝達してくる。
ああ私も幼い息子達を、こんなふうに自分を失わんばかりに責め立てたことがあったなあとか、お母さんがポケチンポケチンて大声で連呼する場面はさぞおかしかろうと、いろんな思いでひとりで読みながら大笑いしてしまったんである。

お笑い芸人の台頭で、作られる笑いはいとも簡単に手に入るようになったが、それは刹那的なもの。
活字から得られる笑いはじんわりと心に温かい航跡を残すものだ。

これまでの半生で出会ったいろんな作家さんを思う時、「本はどんだけ買っても良い」と言われ、小学生の頃から馴染みの本屋さんへ行っては父の名でツケ買いした(!)本の、ページの間から立ち上る真新しくて指がすぱっとキレそうな紙の匂いを、必ず一緒に思い出す。

その至福感。

だから私は、単一の画面に字面が浮かび上がる電子書籍の素晴らしさというものを、未だ理解できずにいる。

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アメリカから帰国した次男と行った天ぷら屋さんのデザートの切り方にも笑う。



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happymaya

初めて、コメント致します。
いつも流れるような美しく、ユーモアのある素敵なブログを
楽しみにしております。
本好きな私なのに、全く文才のない自分ではありますが、
あまりにも、「同感!!」という気持ちがあふれ出して、
コメントさせていただきました。

ぽけちん、おもしろ過ぎます(#^.^#)
by happymaya (2010-06-12 12:04) 

mana

happymayaさん

コメントありがとうございました。
本は本当に自分の容量を広げてくれますよね。

いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
これからも自分の一片を書き留めていきたいと思います。

by mana (2010-06-13 12:16) 

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