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自宅、抱擁、あるいはライスに塩を [マイハーベスト]

「かわいそうなアレクセイエフ」
「みじめなニジンスキー」

翌日がどこへも出かける予定の無い日曜、というシチェーションを十二分に楽しむべく、土曜の夜は夕食後フラを練習し、満を持してタイで3分の1しか読めなかった『抱擁、あるいはライスに塩を』を持っていそいそとベッドに向かう。
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ミナサンが「ああ、ようやくかよ・・」といった表情で、これもわらわらと傍らにもぐり込んで来る。

気が付けば日付は変わり、深夜2時を過ぎているのに、行間から眠気が立ち上って来る気配が無い。

昭和に存在した知識階級の資産家の家を、江國香織さんらしい実にたおやかな(前にもそう表現したが、この形容詞しか思い浮かばない)文章で綴った佳作だ。
江國滋という父を持った彼女の私小説に近いのだろうかと想像しながら、去年週刊文春に掲載されていたエッセイ『やわらかなレタス』を読んでその文章に魅せられた経緯を思い起こす。

文章がものすごくあまやかで上質なので、描かれている内容の前衛的、非社会的な要素すらも品格の前には真っ当さを取り戻してしまうのだと思える。
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半年ほど前、直木賞に輝いた『小さなおうち』を読んだ時にも感じた、いわゆる「昭和の上流階級」生活にもっと拍車がかかった印象。
ロシアから嫁いで来た祖母に源流を発し、それぞれが法的な結婚相手以外の人を愛したり、その人の子どもをもうけたりする家族が、それでも冒頭の言葉を合い言葉のようにして繋がり、豊かな経済力を背景にして状況を「たおやかに」包容していく。

婚外子、未婚、出戻りなどの家族を含め大層な数の家族を受け入れてもなお有り余る、図書室やビリヤード室を有する西洋館は、さしずめ『大きなおうち』である。
私が1年にほんの数回、たまの贅沢として口にするシャンパンとキャビアがこの家には常備されており、子どもたちは学校には行かず家庭教師について勉強し、男子は海外への遊学(留学ではない)が義務づけられる。
家庭の中では英語やロシア語やその他の原語が日常的に使われている様子も伺える。

こういう状況を一般人が描写すれば、いかにも成金的な嫌らしさがどこかに現れてしまうものだが、江國さんの文章にはそれが無い。

末っ子の卯月が実の母親とお花見をするのが、フェアーモントホテルの3階の部屋。
今、まさにそのシチュエーションだけは、私の手の中にある。
(千鳥が淵のマンションはフェアーモントホテルの跡地に建っており、桜の枝が目の前に見える3階に我々の部屋はある)

突然、携帯が鳴る。
思わず時計を見ると、時刻は深夜3時。
発信者、非通知。

いたずら電話に違いないと無視して、ページを繰る作業に戻る。

またバウワウ。(呼び出し音がイヌの鳴き声)
無視。

続けてもう1回。

しつこ過ぎると観念して留守電を聞く。

「怪我をして病院にいるんだけど、傷害保険の申し込み方教えてください」

・・・・・・!!

修士論文を書き終え、友人3人とメキシコへ旅立った次男からのSOSである。
あたまに国別番号がついてしまうせいか番号が認識されず、非通知発信とみなされたらしい。

うわー。
どうすればいいの?
メキシコと聞いただけで、ホテルも行き先も旅程も聞いていない。
(彼はいつもそうだから)

メキシコの国別番号ってなに?
誰かに殴られでもしたってこと?

だから治安のよくないところへ行くなって言ったのに。

つい今まで、男子を遊学させる柳島家に憧れていたのに、現実になると相当厳しい。
そろそろと闇のカーテンが開き始める部屋で、PCをONにしたり、カード会社の保険担当に電話したり、一般人の母親は狼狽している。



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