東京病院、起死回生 [クリニック・シンドローム]
GWのバンコクからトランクに詰めて持ち帰ったものは、カレン族の民芸品やセント・レジスの豪華なブロウショウより、大きくて重い不安だった。
まず、それを今日ここに記せることの幸運を喜ぼう。
世の中にご自分の癌という病をカミングアウトして闘病記を綴るブログは多くあるが、その勇気と冷静さに自分は遠く及ばない。
夫の左肺に影がある、とPETの画像を見たバンコク病院の医師の診断を、この1ヶ月、私はどうしてもここに書くことができなかった。
バンコク病院の診断を受けて帰国後すぐ紹介先の病院を訪れ、まずレントゲンを撮る。
無情にもやはり影は存在し、あらゆる検査の中で一番苦しいと言われる気管支鏡検査に進むこととなる。
バンコクでの結果に対しては、まだ多少楽観していた夫も私も、この時点でほぼ覚悟を決める。
実際の問題として、気管支鏡検査に要する3日の入院だけでも、その間のクリニックを任せる医師の手配に奔走しなければならないのに、もしその後に治療が続いていくとしたら、いったいクリニックはどうなるのか。
肺の影は本当に偶然に見つかっただけだったので夫の体調はいつもと変わらず、それだけに今後のクリニックの運営のほうが心に重かった。
毎日の憂鬱に白い布を被せるように、本や英会話レッスンへの没頭を装ったブログを書き綴ったり、新潟で産科医をしている長男とも今後を巡って葛藤があったりし、そんな毎日に疲れ果てる。
この病気を経験しながらも今を健康に生きている人をたくさん知っており、癌が不治の病でなくなって久しい現代医療の側で働いている身なのに、あまりにも心がざわつく自分が情けなかった。
検査入院の日程が決まって大学からの応援で留守中の医師の手配も完了し、休診の掲示を院内のインフォメーションとHPにアップする手はずを整えて、昨日再度CTを撮るという夫に付き添い、清瀬市の東京病院へ赴く。
CT を撮った後、長く沈鬱な待ち時間を経て、我々と同じくらいの年格好の担当の女医の前に呼ばれ、私はこれから自分たちの人生を変えていくであろう夫の肺の影を直視するつもりで、目の前の画像に目を凝らした。
「無いんですよ」
女医は夫の肺をあらゆる角度から、マウスでスライスさせながらそう言った。
「先々週まであった影が、どこにもありません。炎症だったのでしょうか。これでは異常なしと診断せざるをえないということになります」
足元から崩れ落ちそうな安堵感と、でも心のどこかではこうであるはずだと信じたがっていた根拠の無い確信がわき上がって来る。
起死回生という四字熟語はあまりにもポピュラーに使われすぎて安っぽくなっており、これくらいのことで使ってはいけないと思うけれど(本当に文字通り死に直面して戻って来た人だっているはずだから)、ツーアウト満塁逆転ホームランを打ったような気がした。
明日からまた、バンコク病院での診断の前と同じ時間が流れ出すと思うと、素直にうれしかった。
2011-05-27 21:08
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コメント(2)
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ドキドキしましたー。。。
何事もなくて本当に良かったですね。
起こりうることと頭では理解していても現実になると
心が対処できなくなりそうです。
主人にも人間ドック行ってもらおうっと。
by KURE (2011-06-01 05:37)
KURE様
この1件を受けて、私の周りはみんな旦那様をCT送りにしました。
やっぱりたまにはチェックアップ必要ですねー
by mana (2011-06-01 11:19)