軽井沢、夫について [フレグランス・ストーリー]
夫が慌ただしく帰っていった。
通常の分娩では危なそうな患者様を帝王切開にする、と当直医からの連絡を受けてものの30分後に軽井沢を出るすし詰めの新幹線に飛び乗り、明後日までの休暇をぽいと屑かごに捨てて、多分私より大事なA3のでかい資料のファイルを抱えて帰っていった。
こういう時の彼は素早い。
一気にスイッチが入ったかのように、生き生きと見えさえする。
そのギャップがものすごい。
とにかく家のことは何もしない。
昨日言ったことだって覚えていない。
旅行に行けば文句ばかり言う。
独りよがりでKY。
自分の体重の管理も出来ない。
身なりだって全然構わない。
お風呂にだって準備を全部整えてあげないと入らない。
お金や家やクリニックの管理も全部私がやる。
趣味が無い。
人付き合いが下手。
話も下手で座が盛り上がらない。
いびきがうるさい。
寝言は叫ぶ。
ガタイに共鳴するのか咳もくしゃみもラウド。
日常の彼の一挙一動が、いちいち私の神経を逆撫でる。
一人の方がよっぽど平和で楽だと思う。
もうこんな手のかかるガサツなダンナはイヤだと何度も放り出しそうになるが、その度に私を思い留まらせるのは、彼の仕事へのずば抜けた集中力だ。
医者は皆そうだと信じたいが、特に年間800件近くのいつ始まるか分からない出産を扱う産科クリニックを一人で率いるのは、多くの患者様たちが心配してくださるように、自分の生活のすべてをクリニックに捧げる覚悟の上である。
わずかな休暇も、思い切って海外へ出なければ今日のように彼の心からクリニックが離れることは無い。
それでも彼は仕事が好きだと言う。
患者様のためなら50時間でも60時間でも寝ないで治療できる。
映画館では5分の予告編の間に寝てしまうのに、だ。
緊急時に一気にトップギアまで持っていくために、普段の彼はスイッチをオフにしているのだ、とリコンの一歩手前でいつも自分に言い聞かせる。
給料はそこそこでいいから趣味に費やす休みが必要というイマドキの若者に、産婦人科医ほどウケない職業も無い。
産科医が絶滅危惧種と言われる将来を憂う。
大好きなパパにいきなり置いていかれたメグが途方に暮れる。
こうしていつも我が家の休暇は唐突に終わる。
2013-05-05 12:58
nice!(1)
コメント(4)
トラックバック(0)
そうでした、そうでした!!我が家の三女が産まれさた際、ちょ?ど8時すぎで当直の先生にバトンタッチで帰宅され、うちの子、両手バンザイで出て来そうになり、手術室へ移動しお腹消毒して頂いてたら、先生、スーパーマンのごとく直ぐに戻って来て下さり、大丈夫だよ、帝王切開しなくても産まれるからねーって。。。どんなに嬉しかった事か!!そんな三女も3歳になりましたやっぱり先生はスーパードクター。スイッチOFF時、想像できませんが、ものすご?い充電してるに違いありませんっ!!
by お名前(必須) (2013-05-07 00:24)
お名前ありませんでしたが、だいたいどなたか分かります!
きっと女房の知らないところで、こうして沢山のメイクドラマ(長嶋さん、栄誉賞オメデトウ!)があるんだろうと。
そしてそれが彼のモチベーションになっているんだろうと想像します。
仕方ない。
パンツ脱ぎっ放しでも、寝言に叩き起こされても、女房は我慢!
末のお嬢様、もう3歳なんですね。
夢の一家海外旅行も間近?!
by mana (2013-05-07 09:31)
まなさん、ジーンときました。
先生、かっこいいです。
by 朋子 (2013-05-07 12:39)
朋ちゃん。
ご存知の通り、かっこよさとはほど遠いダンナですが、オトコは黙って仕事しとけ!ってことですかね。
by mana (2013-05-07 22:14)