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パレルモ、ビザンティンの回廊 [セルフィッシュ・ジャーニー]

「ぼくはドォーモのなかに30年ぶりに入って、そのモザイクの見事な表現力に、感覚許容量を広げられるような気がした」

『美しい夏の行方〜イタリア、シチリアの旅〜』の中で、辻邦生はビザンチン建築に触れた瞬間をこう記している。

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海辺にそびえ立つ、山肌をむき出しにした岩山の間に位置する「黄金の盆地(コンカ・ドーロ)」に横たわるパレルモは、昔から天然の良港として栄え、またその地理的な有用性から、古代ローマ時代から1860年にイタリアが統一されるまで、様々な民族や権力に目まぐるしく支配されてきた町だ。

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町をそぞろ歩くと、その時代時代の面影を残す沢山の教会に出会う。

教会は、その時代を映す最も雄弁な対象物である。

特にこのパレルモでは、ギリシャ・ローマ建築を継承しつつもイスラム文化の色が濃いビザンティン様式の教会群が見事だ。
旅の相方としばし一日、モザイクとドームが象徴的な市内の教会をハシゴして回る。


ノルマン様式にイスラム色が濃く残る広大なカテドラーレ(Cattedrale)は、そんな複合的な歴史を反映した折衷様式により最もパレルモ的と呼ばれる。
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ちょうど日曜で、聖堂内ではミサが執り行われていた。
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入ったカフェの横に、ちょこんと赤い帽子のようなドームを3つ載せた小さなサン・カタルド教会(San Cataldo)が見える。
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この赤い半円ドームは、ハーレムに仕える宦官の帽子を模したと言い、ヤシの木に囲まれてまるでマカオの教会のように南国の雰囲気を醸し出す。

中は、ビザンティン様式の濃い装飾の多いパレルモでは珍しく素朴な石造りである。
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しかし、そのクーポラに絡まるアーチ構造を見た時に、この比較的大きな石灰質の石を連ねてこんな複雑な曲線が描けるものかと感動する。
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赤いドームにちなんだのか、ロゴのように散りばめられた宗派のマークやベンチの色が深紅に統一されていて、どこかモダンで可愛らしい。
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シチリア最古のビザンティン様式を誇るマルトラーナ教会(Martorana Sanata Maria de'll Ammiraglio)は、まさにザ・ビザンティンである。
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壁面は黄金のモザイクで覆われ、複雑にアーチ形の柱が絡み合う。
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これでもかと施された黄金の輝きが決して安っぽい金ピカではなく、遠いイスラムへの回顧を澱のように纏うスモーキーな色合いで素敵だ。



シチリアの至宝パラティーナ礼拝堂(Cappela Palatina)は圧巻。
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一片は1センチ四方にも満たない細かい天然石の織りなすモザイクで表した宗教画に、全ての壁面が覆われているばかりでなく、天井のスタラクタイト(木製の蜂の巣状の構造)はこれまでに見たことがない装飾である。
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ほんの半径1〜2キロの範囲に沢山の教会が点在し、ゲーテがニュートン光学の科学独自性を危惧して新たな見地から『色彩論』をこの地で著し、原植物という観念を確立したのも頷けるように、魔術的なパレルモ植物園以外にも沢山のビビットで陽気な花や植物もそこかしこに溢れる。
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朝降っていた雨も上がり、ショッピングもちょっと楽しい。
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と同時に、手入れする者もなく町の栄枯盛衰をそのまま物語る崩れかけた家も多く、そのコントラストがまた独特の雰囲気と影を町に醸し出す。
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この陽気でしかしどこか退廃的な町を、目指すチュニジアへの玄関口として選んだことは、私と旅の相方にとって大きな収穫であった。

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再び辻邦生の『美しい夏の行方』を引く。

「現在、三角形の頂点に当る(注:シチリア島は横にした二等辺三角形のような形をしている)エリチェの山の上に立つと、アフリカのボン岬が見えるという。ということは、シチリア島とアフリカは目と鼻のさきだということなのだ。」

そう、チュニジアのボン岬こそ香料産業のメッカ。
私たちの目指す場所である。

私たちは飛べば1時間の空路を避け、13時間の船旅を選んだ。

極東の島国に住むと、ヨーロッパとアフリカの距離感や文化の交差を実際に感じられる機会はそう多くない。
「女性一人での乗船は勧められない」と言われた、アフリカ難民も多く乗船するというフェリーは、夜中0時にパレルモ港を出航、翌日14時にチュニスの港に着く。
相方を誘って「女性一人」という禁忌を取り除き、私はようやく長年の念願であった両大陸の距離を感じる海原へ到達しようとしている。

空港との違いは、真夜中の波止場に着いた途端に肌で感じられる。
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Departureという単語が醸し出す独特の旅への高揚感はそこに無い。
あるのは後ろ暗い疲労感だけだ。
エコノミーでも2万円近い飛行機を使わずに、甲板に寝るだけならほぼ7000円という船旅を選ぶ理由がそこにはある。

乗船までの手続きも事前のネット予約では分かりにくく、実際には工事現場のプレハブ事務所のような掘っ立て小屋をたらい回しされて、チェックインとパスポートコントロールを行う。
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飛行機のように預け荷物のチェックインも無いから、ただひたすら自分で重いスーツケースを引き回さなければならず、その乗船への上り斜度とごった返す乗船民衆の坩堝は、もし海を渡ってアフリカ大陸に上陸するという偏った達成感を追い求めなければくじけてしまいそうなハードルとなる。

見渡す限り日本人というかアジア人皆無。

狭い通路を辿ってようやく乗船すれば、すでに椅子という椅子、ベンチというベンチ、床という床には早い者勝ちでoutside deck spaceというカテゴリーを選んだ人達が寝る場所を確保している。
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そんな人達をまたぐようにしてようやく到達した船室は・・・

あら、意外に快適。

基本二段ベッド二組の4人部屋。
そこを一人で使うのが最上のカテゴリー(一泊17,000円くらい)。
ユニットのバストイレ付き。

真夜中の壮絶な乗船バトルを終えて、相方と飲むビールと日本から持ってきた柿の種のウマいこと。
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鍋釜毛布を持ち込んで床に寝起きする人々との同舟という一番シンプルでコンパクトな階級社会に接するだけでなく、乗下船時の英語の通じない手続きや荷物を運び込む非日常の力仕事。
エージェントが言った「女性一人では無理」の意味はそこにある。

相方に感謝。

乗った船が静かにパレルモの岸壁を離れていることも知らず、この旅最大の難所を通過できた喜びに盛り上がる船中のささやかな晩餐は格別だ。

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