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ふじみ野天狗、小さなトガちゃん [ハーバル]

6年前、面接にやってきたその子は、おびえた迷子の子犬のような目をしていて、顔を赤らめながら「パートで雇ってください」と消え入るような声で言った。

当直をさせようとすると「一人ではできません」。
患者さんの前でも顔を赤らめてうつむく。
「もっと自信を持て!もっと声を大きく!」
院長がぶち切れそうになることも何回かあった。

その彼女が、実は大好きな彼の後を追って山形から埼玉に出て来たということを知ったのは、雇用から半年ほど経ってからである。
いつもおどおどしているような彼女のどこにそんな情熱があるのだろう?
一見、「今時の若い子は・・・」とも言われかねないようなその背景がちっともはすっぱな感じに思えなかったのは、日頃の彼女の謙虚すぎるまじめな勤務態度のせいだった。

できるようになった週2日の当直にも音をあげなかった。
後から入った正看や助産師や次々と常勤になっていっても、パートに甘んじ、給料を上げてくれとか、待遇を良くしてくれというような要求も一切しなかった。
でも年に一度の職員旅行の後で、クリニックで私の姿を見るとこれまた喜んだ子犬のように駆け寄って来て、「楽しい旅行をありがとうございました!」と言うのも彼女だった。

准看はなかなか常勤になれないのが現状だが、勤続5年が過ぎた年末に彼女を常勤に上げようと院長と話し合い、婦長から通達した。
返って来た答えは意外なものであった。
「来春に彼が山形に帰るので、自分も一緒に故郷へ帰ります。常勤は辞退します。」
黙って半年後のその時まで常勤に居座ってしまうこともできたのに、そんな中途半端なずるいことができないのがトガちゃんだった。

細くて、小さくて、いつも自分の存在を消してしまいたいような、よく見ないといるのかいないのかわからないようなトガちゃんが、またまた彼の後を追って故郷へ逆戻りするという意地を見せた。
それならば、と同僚のナースがみんなに呼びかけて一人一人の写真にメッセージを書いたアルバムを作った。
メッセージに一番多く書かれていた言葉は「絶対幸せになってね!」という言葉だった。
みんながトガちゃんはここからお嫁に行くと思っていたし、みんなで彼女の幸せを見届けたかったのだ。
彼の顔は見たことが無いけど、こんないたいけなトガちゃんを山形へ連れて行ってしまう、それならその彼が必ずトガちゃんをお嫁さんにしてね、というみんなの気持ちは真剣だった。

普通パートさんの退職時にはオフィシャルな送別会はしないのだが、今回はみんながお金を出し合い、送別会を企画した。
院長も外来診療の合間に、トガちゃんに送る思い出の写真を満載したスライドを作成したりして、その夜ふじみ野の居酒屋さんで20人以上のスタッフが彼女を送った。

スタッフ同士でまたトガちゃんと積もる話もあるだろうと、院長と二人早々に店を後にする。
家に帰り、この頃飲んだ後にはお決まりのフェンネル(Fennel:Foeniculim vulgare)・ティーを入れる。
セリ科のキャラウェイと同様、消化促進には素晴らしい効果が期待できる。
エストロゲン作用もあり、私のように更年期の障害がある場合は、毎日続けて飲むことをお勧めしているティーである。

われわれ雇用側にとっては職場は永遠の居場所だが、スタッフにとっては一過性の人生の通り道であることも多い。
いろんなスタッフが以前の生活に区切りをつけて入ってきては、また違う人生を歩むために出ていく。
われわれはその繰返しを傍観しているしかない。
そこに私情を入れてしまうと裏切られることも多く、10年も雇用側に立っていればそれぞれのスタッフに過剰な感情移入をしないほうが楽だと学習する。

でも小さなトガちゃんは、そんなわれわれの学習がどんなに味気ないものかを教えてくれた。
私も院長も、実の娘を手放したような寂しさとこれから戦っていくのである。













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